部活の花道 高校サッカー2003
インターハイ特集へ
全日本ユース選手権特集へ
全国高校選手権特集へ
金の卵を探せ!注目選手紹介へ
目指せ!国立!ドキュメンタリーへ
そして世界へ!アテネ五輪代表候補紹介へ
アテネへの道へ
推進委員会へ
施設検索へ
nikkansports.comホーム  >  サッカーTOP  >  高校サッカー2003 TOP  > 
金の卵を探せ!注目選手紹介
第3回 関口訓充(帝京)
関口訓充
選手権東京都予選準決勝・帝京対都駒場 大きな声で指示を出す関口
 帝京のエース関口訓充(3年)が選手権東京予選敗退の雪辱を期して、Jリーグでの活躍を誓った。15日に行われた成立との選手権東京A地区決勝では、延長後半にVゴールを決められ、全国選手権出場を逃した。FWとして出場した関口は献身的にピッチを駆け回ったが、10月に負傷した右足の影響で思うようなプレーができず涙を飲んだ。しかし2年連続の全国総体決勝進出に貢献した逸材に集まる期待は大きい。171センチ、61キロと細身だが、今年7月にはU−18代表候補にも初選出されるなど将来性は十分で、来年マレーシアで開催されるAFC・U−20出場の可能性も秘めている。


 先輩の大沢を目標につかんだエースの座 

 関口がサッカーを始めたのは6歳の頃。4人兄弟の三男として生まれ、兄の影響で自然とボールを蹴り始めるようになった。

 高校受験の際には迷わず帝京を選んだ。サッカーを始めた頃から高校選手権が夢だった。97年、当時小6だった関口は、帝京対東福岡の雪の決勝戦に釘付けになった。「自分が最も印象に残っているのが、中田浩二さん(現鹿島)の代」とカナリア色のユニホームに強い憧れを抱いた。小、中学とFC多摩(東京)でプレーし、同じチームに所属していた1学年上のGK山下高明(国士大1年)の薦めもあって帝京のセレクションを受け、合格。名将・古沼貞雄監督(64)のもとでのプレーが実現した。

関口訓充
選手権東京都予選準決勝・帝京対都駒場 巧みなボールコントロールで相手選手を抜き去る関口(右)

 現在でこそ帝京のエースとして活躍するが、入学当時は体格のハンデに苦労した。「身長が低く体重も軽い(171センチ、61キロ)ので、体が出来るまではプレー中、大きな選手と接触すると、どうしても吹っ飛ばされていました。高校2年のインターハイあたりまではホントやられてましたね」。しかし、そのハンデを補おうと特に筋トレには力を入れ、さらに3年になると下半身強化にもより一層努めた。その結果、現在では当り負けしない下半身が出来上がった。

 高校2年からレギュラーとしてプレーしている関口に大きな影響を与えたのが、1つ年上の大沢朋也(18=大宮)の存在だ。「偉大な先輩ですね。今でも『ガンバレ』ってメールを送ってくれたり、電話などで連絡をとってアドバイスをもらっています」と話す。大沢も165センチ、58キロと体格には恵まれていないが、名門・帝京を引っ張り、昨年の総体では全国優勝に導いた。2年前、苦労をともにした仲間であり、ともにチームのエースを務めるという重責をになっているからこそ相通じるものがある。

 昨年の全国選手権では準々決勝で国見に敗れた。試合後、ロッカールームでエース大沢から「自分が連れていけなかった国立へ、来年はお前が(チームを)連れていってくれ!」とスパッツを手渡された。背番号もエースナンバー「10」を受け継ぎ、文字通り大沢の後継者として期待され、3年連続32度目の全国選手権制覇を目指した。



 右足負傷が響き、無念の都予選決勝敗退… 

関口訓充
選手権東京都予選準決勝・帝京対都駒場 PK戦で勝利を飾り、GK泉田(背中)に抱きつく関口。左は松沢。

 そんな関口をアクシデントが襲った。10月に行われた全日本ユース1次ラウンド第3戦・対東福岡の直前に右足を負傷したのだ。選手権予選まで約1カ月。関口は治療と練習を平行して行い。右足首が完治しない状態で11月8日の選手権東京都予選準決勝の都駒場戦迎えた。

 アキレス腱は走るだけで痛みを感じる程で、薬を飲みながらのプレーだ。前半4分にMF樺山市基(3年)のゴールで先制した帝京だったが、後半に入ると流れは相手のペースになる。関口へのマークも厳しく、なかなかボールに絡めない。後半30分には同点に追いつかれ、延長戦でも決着がつかず、ようやくPK戦で決勝戦進出を決めた。試合後、関口が最初にもらしたのは「こんな状態で試合に負けたら、自分の中で一生悔いが残ると思った」という一言だった。思うように動かない足にジレンマを感じながらのプレーから出た言葉だ。「とにかく死ぬ気でプレーしました。準決勝は自分が足を引っ張ってしまったので、次は自分がみんなを助けたい」と悔いを残した。

 迎えた15日の決勝。相手は初の選手権出場を狙う成立だ。帝京は後半に先制を許し苦しい展開。しかし意地を見せ、試合終了間際のロスタイムにDF足助翔(3年)のゴールで同点に追いつきVゴール方式の延長へもつれこんだ。しかし延長後半3分に相手に決勝点を奪われ力尽きた。関口はピッチにへたりこむチームメイトを気丈に抱き起こした。「自分の力不足でした。チームに迷惑をかけてしまいました。このチームでプレーできたことは良かったが、悔いは残ります」。大沢との約束を果たせなかった関口は、ロッカールームで初めて涙を流した。

◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 関口の高校サッカーは終わった。しかし将来に向けて大きな期待を抱かせるプレーは見せた。今年7月にはU−18代表候補に初選出され、平山相太(FW=国見3年)増嶋竜也(DF=市船橋3年)らトップレベルの選手と練習することで刺激を受けた。「やはり選ばれてくる選手はみんな巧くてミスのないプレーをする。本当に勉強になりました」。結果的に正式な代表には選出されなかったが、まだ来年マレーシアで開催されるAFC・U−20出場の可能性はある。「メンバーにはぜひ選ばれたいと思うし、これから代表にはいつも入り込んでいきたい」と目を輝かせた。  決勝で敗れた関口は「Jリーグに行って自分の力を試したい」と話した。高校サッカーは悔いの残る形で終わったが、まだサッカー人生が終わったわけではない。その雪辱を期して関口が世界に飛び出す。



 

 

 

◆関口訓充(せきぐち・くにみつ)

関口訓充  1985年(昭和60年)12月26日、東京都生まれ。幼稚園の頃にサッカーを始め、FC多摩を経て帝京。父利治さん(50)、母裕子さん(50)、兄宣弘さん(24)、兄恭史さん(22)、弟洋丞さん(14)。疲れがたまった時などは兄・宣弘さんからハリの治療を受けることもあり「恩返ししないと」と話す。171センチ、61キロ。

 

 

 



 
▲このページの先頭へ
nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。 
すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。 
Copyright2003,Nikkan Sports News.