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<ダイエー対西武27回戦>
延長10回裏ダイエー1死一、二塁、城島健司は左前にサヨナラ打を放つ=福岡ドーム 02年9月29日 |
ダイエー城島健司(26)が捕手として史上初のトリプル3(3割、30本、30盗塁)を目指し、2003年シーズンのスタートを切った。今季はルーキーの和田毅、新垣渚(ともに22)、2年目の寺原隼人(19)ら若手投手陣をリードする女房役として、さらにはクリーンアップを任されるスラッガーとして周囲の期待は高い。プロ9年目の城島はV奪回を期し、飛躍を誓った。
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城島が「スーパー捕手」宣言だ。140試合全イニング出場と「3割、30本塁打、30盗塁」を今季の目標に掲げた。
昨年は6月に右鎖骨を骨折し出場試合は115にとどまった。3年ぶりの優勝を目指す今年は140試合全イニング出場が最低目標になる。さらに捕手としてまだ誰も達成していないトリプル3(3割、30本、30盗塁)の達成も視野に入れた。打てる捕手の称号とも言える「3割、30本」。シーズンで両方を達成した選手は過去に野村(南海)田淵(阪神)古田(ヤクルト)の3人しかいない。プロ入り以降の城島の最高成績は31本塁打(01年)、打率3割1分(00年)。「(打率、本塁打の)両方達成したことがあるし、不可能じゃない」と口元を引き締めた。さらにこれに30盗塁を目標に加えた。プロ通算の盗塁数45を考えると簡単な数字ではない。プロ入り直後は「がにまた矯正指令」が出されるほど走塁が課題になっていた時期もある。しかし根っからの『野球少年』である城島にとって「打って走れる捕手」というのは目標であるとともに憧れだ。
高校(別府大付)時代にはヤンキース松井の60本を上回る70本塁打を放った。入学式翌日の公式戦に4番・捕手で出場。その試合でサヨナラ本塁打をかっ飛ばすという離れ業をやってのけた。甲子園出場の夢はかなわなかったが、その才能は高く評価され、ドラフト1位でダイエーに入団した。
しかし、1年目から一軍で活躍することはできなかった。プロ入り2年間はほぼファーム暮らしが続いた。だがそこでプロの技術を習得。3年目で開幕スタメンマスクをかぶった。それでもリードは未熟だった。そんな城島に、当時チームメートだった工藤公康(39=現巨人)や武田一浩(37=前巨人)は「マウンドでは投手は孤独。だからこそ信頼関係を築いて安心して投げられる捕手になれ。そのためには、どんなにきつくても必ず全試合に出場しろ」と話した。こうして城島はリード、マウンドでの投手の心理状態の把握など、捕手としてのイロハを徹底的にたたき込まれた。
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一生、スポーツ。 アクエリアス
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アクエリアスでは02年に引き続き03年も「一生、スポーツ。アクエリアス」キャンペーンを展開している。同キャンペーンのCMでは城島と高校球児の触れ合いを通して、スポーツの素晴らしさを伝えている。
このCMでは城島が特別コーチとして、高校球児と練習をするという設定。走塁練習では二盗を試みる選手たちが城島の送球で次々とアウトを取られる。ところが城島の送球を二塁手がエラー。走者は一気にホームまで突っ込む。ホーム上での城島とのクロスプレー。高校球児はセーフ、城島はアウトを主張。さて、結果は?といったものだ。
撮影は昨年12月に沖縄県石川市で行われた。暖かい沖縄とはいえ12月ともなれば天候が不順で、撮影も天気待ちの時間が多かった。城島はそんな天気にも嫌な顔ひとつせず、高校球児役の出演者と気さくに話をし、グラウンド見せる表情とは違った一面を見せていた。
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<ダイエー対日本ハム23回戦> 1回裏ダイエー1死一、二塁、城島健司は左越えに19号3点本塁打を放ち、笑顔でハイタッチをかわす=02年8月27日、北九州市民球場
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若手といわれていた城島だが、すでにプロ9年目の中堅選手となった。昨年までは「(若手投手から)話を聞いてくれば」というスタイルだったが、今年は「自分から(ルーキーらに)積極的に話をしていきますよ」と対話路線を強調し、実践している。自分が工藤や武田から教わったことを、若手に伝える。それがV奪回につながることを城島は知っている。
打順は3番を希望している。しかし小久保の負傷で4番に座る可能性も出てきた。王監督は相手の先発投手が「左の時は城島。右の時は松中」と話しているが、主砲を固定させた方がいいということは巨人の4番を打ち、世界のホームラン王だった王監督自身が一番わかっている。「4番、キャッチャー、城島」のコールが福岡ドームに響くとき、真の城島時代が訪れる。
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◆城島 健司(じょうじま・けんじ)
1976年(昭和51年)6月8日、長崎県佐世保市生まれ。もの心ついた時からバットとボールを握っていたが、相浦小4年で「相浦クラブ」に所属して本格的に野球を始める。相浦中の時、九州大会出場。プロ志望だったため、佐世保出身ながら過去プロに選手を輩出している別府大付へ野球留学。94年ドラフト1位でダイエー入団。主なタイトルは99〜01年ベストナイン、99〜02年ゴールデングラブ賞。趣味は海釣り。家族は真紀夫人(26)、長男優太君(2)。右投げ右打ち。182センチ、90キロ。A型
<ダイエー対日本ハム9回戦> 連敗を脱出した城島健司(左)は笑顔でベンチに戻る。手前はロドニー・ペドラザ=02年5月24日、福岡ドーム
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