NBAレーカーズのコービー・ブライアント(24)が“神様”の称号継承に向けて前進している。ファイナル4連覇は逃したが、今シーズンもチームのけん引車として大活躍。来年のアテネ五輪に向けた米国代表にも選出され、金メダル獲得を公約している。これまで、NBAでいくつもの最年少記録を打ち立ててきたが、記録だけでなく記憶に残る選手を目指してジョーダン超えを狙う。
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4連覇を逃したレーカーズのコービーは「最低だ。こんな気持ちはもうたくさんだ」と話すと、悔しさをまぎらわすようにすぐにシュート練習に励んだ。次の目標はアテネ五輪での金メダル。コービーが新たなスタートを切った。
神様ジョーダンは84年のロサンゼルス五輪と92年のバルセロナ五輪に出場。2個の金メダルを獲得した。特にバルセロナ五輪では、今でも史上最強といわれているドリームチームの中核として活躍。NBAを世界中の人々に認知させるとともに、ジョーダン自身も爆発的な人気でスター街道を突き進んだ。
対するコービーは00年シドニー五輪予選の前に代表入りを要請されたが、当時は結婚を控えていたこともあり「私生活を優先したい」と辞退した。しかしNBAを代表する選手となった今、米国代表の不甲斐なさを見て奮起した。「(02年の)世界選手権をテレビで見た。欧州は成長している。今度は米国が復活する番だ」。昨年9月の世界選手権にNBA選抜チームで臨んだ米国は過去最低の6位。過去14度の五輪で12回金メダルを獲得した王国がどん底に沈んだ。それを見た彼はアテネ五輪への出場を直訴した。
4月末、米代表入りが正式に決まった。同チームにはティム・ダンカン(スパーズ)、ジェーソン・キッド(ネッツ)、トレーシー・マグレディ(マジック)、アレン・アイバーソン(76ers)、カール・マローン(ジャズ)といったそうそうたるメンバーが顔をそろえる。米国が、そしてコービーが本気になった。
コービー・ブライアントは1978年、ペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれた。コービー(KOBE)の名前は、父ジョーが気に入っていた神戸牛ステーキの店「コウベステーキハウス」からつけられた。父は8年間NBAでプレーした。コービーがバスケットを始めたのも自然な流れだった。5歳の時、父がイタリアのプロリーグに移籍。コービーも少年時代の8年間をイタリアで過ごすことになる。イタリアのバスケットは米国に比べ派手ではないが基本を重視する。それが現在のスタイルである派手さの中の堅実性の根幹となっていることはいうまでもない。
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一生、スポーツ。 アクエリアス
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アクエリアスでは02年に引き続き03年も「一生、スポーツ。アクエリアス」キャンペーンを展開している。今年のCMにはダイエーの城島健司(26)オランダで活躍するサッカーの小野伸二(23=フェイエノールト)とともに、コービー・ブライアントも起用されている。
このCMではコービーが、とある3on3のコートに現れ、バスケ少年3人との1on3を繰り広げる。1人対3人とはいえ当然、コービーの圧勝で次々とダンクシュートを決める。しかし少年達は必死に勝負を挑み、何とかボールをつないでゴールを決めて喜びを爆発させる。それをコービーが祝福するというストーリーだ。
撮影はレーカーズの地元ロサンゼルスで行われた。コービーといえばロサンゼルスの英雄。撮影も厳重なセキュリティ体制の中で行われた。そんな重々しい雰囲気とは裏腹に、コービーは愛嬌満点。地元のエキストラの子供達の声援にやさしくこたえ、撮影陣にも人懐っこく接した。いったん撮影が始まると、コービーは正面、バックそして回転してと様々なダンクシュートを次々と決め、そのすごさにスタッフやエキストラからはため息と歓声の連続。コービーと対戦した少年達も最初は緊張していたが、子供好きのコービーのリードで無事に撮影を終えた。
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ハイスクール時代から驚異的な運動能力と得点力をもつガードとして注目を浴びた。96年(3年時)には無名のローワー・メリオン高を州チャンピオンに導き、同年のドラフト1巡目13位でホーネッツに指名された。コービーに魅力を感じていたレーカーズは、ホーネッツにセンターのブラディー・ディバッツとのトレードを持ちかけ交渉権を獲得。コービーは350万ドル(約3億8500万円)の3年契約でレーカーズ入りした。
ハイスクールからプロ入りし、NBAの最年少記録を連発した。18歳2カ月11日でのNBA出場、18歳5カ月5日でのNBA先発出場。さらに97年2月にはクリーブランドで行われたオールスターでのダンクシュートコンテストに出場。ドリブルから踏み切り、空中でボールを股間(こかん)に通す「レッグスルー」の後、右手を頭上まで差し上げてリングの上から叩き込む豪快なシュートで観客の度肝を抜き史上最年少ダンク王に輝いた。マイケル・ジョーダン(当時ブルズ=33)からも「素晴らしい素質を持っている。後はハードに練習することを忘れなければ素晴らしい選手になる」と絶賛された。
翌年のオールスターには、80年にマジック・ジョンソンが作った20歳5カ月の記録を1歳も塗り替える史上最年少の19歳5カ月で先発出場した。相手チームの対面はジョーダン。コービーは15歳年上の神様に果敢に戦いを挑んだが、マンマークの場面で、4度フェイントで完全に振り切られてゴールを許した。「彼はやはり信じられない動きをするよ」と脱帽するコービー。しかし、この対戦がより強い向上心を植え付けた。
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99−00シーズンからファイナル3連覇を達成し、02年のオールスターではMVPを獲得。そして、今季も偉大な記録を作った。そのひとつが1月7日のスーパーソニックス戦で達成した最多3Pシュート成功だ。その数12本。96年にデニス・スコット(マジック)が作った11本の記録を7シーズンぶりに塗り替えた。さらにこの試合では9連続3P成功という驚異的な新記録も達成する(従来の記録はジェフ・ホーナセック=ジャズ=らの8本連続)。彼自身も「ものすごい記録だよ。自分が3ポイント記録を達成するなんて考えたこともなかった」と興奮気味に話した。
2月には9試合連続で40得点以上を記録し、ジョーダンに並んだ(NBA記録は14試合連続)。“神様超え”は次回に持ち越しとなったが、NBAの得点マシーンの地位を確実なものにした。
いくつもの記録を作った。優勝も経験した。まだ24歳。これからも様々な記録を作るだろう。しかし彼に必要なのは記録よりも記憶に残る選手になることだ。その第一歩が来年のアテネ五輪だ。「新ドリームチーム」は今夏、プエルトリコで行われる米大陸予選からスタートを切る。「最高のチームに加われてうれしい。アテネで金メダルを取る」。コービーが新たな道を切り開く。
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◆コービー・ブライアント(Kobe Bryant)
1978年8月23日、米国ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。ローワー・メリオン高時代の96年ドラフト1巡目13位でホーネッツに指名され、同年レーカーズにトレードで移籍した。99−00シーズンからファイナル3連覇。特技はイタリア語。趣味はテレビゲームと読書。父のジョー・ブライアントも8年間NBAでプレーした。家族は妻バネッサさん(21)、長女ナタリアちゃん(3カ月)。198センチ、90キロ。
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