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  引退危機を乗り越えて五輪を目指す 寺川 綾(19=近大) AYA TERAKAWA

 女子背泳ぎの寺川綾(19=近大)が引退危機を乗り越えて五輪を目指す。昨季の不振、五輪のプレッシャーなどから12月に一時は引退を決意。だが、コーチとの話し合いで再びアテネへの気持ちを新たにした。復帰レースになった2月の関西選手権で優勝。水泳界のアイドルは笑顔を取り戻して、五輪選考会の日本選手権(4月20日、東京・辰巳)に臨む。
第10回世界水泳バルセロナ大会 女子200メートル背泳ぎ予選 泳ぎ終えインタビューに笑顔で答える寺川綾
第10回世界水泳バルセロナ大会 女子200メートル背泳ぎ予選 泳ぎ終えインタビューに笑顔で答える寺川綾=2003年7月25日、スペイン・バルセロナのサンジョルディ体育館特設プール
もう1度、一からやり直そう
 やはり笑顔が似合う。昨年9月の国体以来のレースになった2月14日の関西選手権。寺川は女子200メートル背泳ぎで2分14秒13と平凡なタイムだったものの、表情には久しぶりに充実感が漂った。「タイムは良くないけど、前より泳ぐ距離を短く感じた」。泳ぐことが楽しくて仕方がない様子だった。
 「いろいろあって本当に水泳を辞めようと思ったんです」。昨年12月、グアムでの強化合宿に参加した。帰国後、水泳に対する迷いが生まれた。「頑張ろうと思って泳いだが、練習に身が入らない。すべてが嫌になった」。年末の2週間は一切水に入らず、大阪市内の実家にこもった。
 昨シーズンはこれまでの競技生活で1番の壁にぶつかった。夏の世界選手権では200メートル背泳ぎの準決勝で9位にとどまり、2大会連続の決勝進出を逃した。ユニバーシアードでも自分の泳ぎができなかった。「今までにないくらい頑張ったのに…」。6月には初の海外高地合宿にも挑戦したが、結果は伴わなかった。調整不足、体調不良ではなかっただけにショックは大きかった。
水泳パンパシフィック選手権 女子200メートル背泳ぎ決勝 寺川綾は2位に入る泳ぎをみせる
水泳パンパシフィック選手権 女子200メートル背泳ぎ決勝 寺川綾は2位に入る泳ぎをみせる=2002年8月29日、神奈川・横浜国際プール
 3歳から名門クラブのイトマンに通った。中学3年で全国中学選手権優勝。近大付高1年で高校選手権優勝。同2年で世界選手権(福岡)の切符をつかみ、200メートル背泳ぎで8位入賞。一躍水泳界のアイドルになり「次はメダル」と期待される存在になった。とんとん拍子の水泳人生で初めて味わう挫折。迫りくる五輪は夢から恐怖に変わっていた。そんな思いが年末に爆発してしまった。
 年明け、イトマンの松田コーチに思っていることをすべて話した。そして「もう1度、一からやり直そう」と結論を出した。「あまり考えすぎず、1日1日を楽しく充実させて泳ぐことにしています」。伸び盛りのころの気持ちを取り戻した。五輪に間に合った。

最後まであきらめない
 五輪出場には厳しい関門が待っている。代表争いが最も激しい女子背泳ぎ。シドニー五輪銀の中村真衣、昨夏世界選手権銅の稲田、5位入賞の伊藤…。代表選考会の日本選手権ではひしめくライバルを倒さなければならない。「みんな五輪を目指している。置いてきぼりにならないように頑張る。自分らしい泳ぎができるように」。最後まであきらめない。挫折を乗り越えたアイドルにはたくましさが備わった。


プロフィール        
1984年(昭和59年)11月12日、大阪市生まれ。兄が水泳をしていたのに影響を受け3歳から泳ぎ始める。イトマン所属。中学3年時に全国中学選手権で100メートル背泳ぎ優勝。近大付高1年時のインターハイ100メートル背泳ぎ優勝。2年時は同種目で伊藤華英(当時東京・東京成徳大高)に次いで2位。172センチ、57キロ。血液型O。

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