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第3回細貝 萌 金の卵を探せ

 前橋育英のエースMF細貝萌(はじめ=3年)が選手権県予選敗退の悔しさをバネにJリーグでの活躍を誓った。2年連続の選手権出場を狙った前橋育英だったが、13日に行われた準決勝で宿敵・前橋商に敗れた。浦和の特別強化指定を受けJリーグ数球団が獲得をもくろむほどの実力者の細貝は、気持ちを切り替えて次のステージへ向けて飛躍する。

全国高校総体1回戦 前橋育英vs藤枝東 鋭い出足で相手選手からボールを奪おうとする前橋育英MF細貝(左)(04年8月2日、益田陸上競技場)
全国高校総体1回戦 前橋育英vs藤枝東 鋭い出足で相手選手からボールを奪おうとする前橋育英MF細貝(左)(04年8月2日、益田陸上競技場)

ドキドキしてもらえるような選手になりたい

 夢は絶たれた。昨年の全国選手権1回戦敗退のリベンジが細貝の目標だった。そのためには全国選手権出場は最低限のノルマだった。13日に行われた群馬県大会準決勝。対戦相手は宿敵・前橋商だ。試合は両者1点ずつを取り合うもPK戦に突入。PK戦では前橋商のGKが3本を止め、前橋育英はPK1−3で敗れた。細貝は最終学年での全国選手権出場という最大目標を達成できなかった。

 負けたとはいえ、Jリーグチームの細貝に対する評価は変わらない。ボランチの位置から積極果敢に攻め上がる姿は、MF稲本潤一(25=ウエストブロミッチ)をほうふつさせる。細貝は「(人が)見ていてワクワクするような、ドキドキしてもらえるような選手になりたい」とプロ顔負けの言葉を発する。憧れの選手はMFピルロ(ACミラン)とMFジダン(レアル・マドリード)。彼らの出場する試合が中継されていれば、2人のプレーに釘付けになり、自分もそうなりたいと思う。
 細貝は3つ年上の兄の影響で7歳からサッカーを始めた。「(将来)プロ選手になりたい、サッカーが巧くなりたい」と毎日、日が暮れるまで練習に没頭した。中学生になると、青木剛(22=鹿島)らも所属していた地元の強豪クラブ、FC前橋ジュニアユースに入団し、技術にさらに磨きをかけた。
全国高校総体1回戦 前橋育英vs藤枝東 ライバルの藤枝東MF赤星(左)にPK勝ちし、笑顔を見せる前橋育英MF細貝
全国高校総体1回戦 前橋育英vs藤枝東 ライバルの藤枝東MF赤星(左)にPK勝ちし、笑顔を見せる前橋育英MF細貝

 昨年12月に完成した前橋育英高校人工芝グラウンドでは、高校の練習が終わるとFC前橋ジュニアユースの練習が行われる。それは校舎内にある土のグラウンドで練習を行っていた昨年までも同様だった。つまり、FC前橋の選手たちは、前橋育英の選手たちの姿や練習を日々目にしているのだ。細貝もまた同じように、中学時代からその存在を身近に感じてきた。


夢の続きはJリーグで

前橋育英の司令塔として活躍したMF細貝。次の舞台はJリーグだ
前橋育英の司令塔として活躍したMF細貝。次の舞台はJリーグだ
 中学3年になるとU−15日本代表に選出され、幾つかのJリーグの下部組織であるユースチームから入団の誘いもあった。しかし、細貝は高校サッカーを選択した。「小6の時の選手権県予選決勝の前座で試合をしたんです。当時の育英には小久保さん(純=現ザスパ草津)や松下さん(裕樹=現福岡)がいて、僕たちは自分の試合が終わった後、決勝戦を見ました。結果は育英が3対0で前橋商に勝って全国大会への切符をつかんだ。そのイメージが本当に強かったので育英への進学を決めたんです」。Jリーグへの近道として、最近はユースチームに入団する選手も少なくないが、細貝は自分の舞台として高校サッカーを選んだ。
 高校入学時は3年生との体格の差に戸惑いを感じることもあったが、生来の才能が徐々に発揮され始めた。1年時にはU−16代表としてアジアユース最終予選を経験。2年生になると自チームでエースナンバー「10」を背負って全国選手権出場を果たした。3年になってからも8月の全国高校総体で3位になり、9月にはU−18代表として仙台カップにも出場した。

 だが、今年は苦い思いも何度か味わった。総体後のプリンスリーグでは桐蔭学園(神奈川)に敗れ、全日本ユース出場を逃した。天皇杯群馬県予選でも群馬教員に敗退。さらに育英の中から多数選出された国体でも1回戦で宮崎県に敗れた。「自分がやらなくてはと思っていても、いざ試合になるといい方向に持っていけなかった。チームがいい流れの時は何点でも入るような気がする。だからこそそういう方向に持っていくために何が必要なのか考える。でも試合になると自分のことで頭がいっぱいになり、周りに気を遣えなかった事が多かった」。エースとしてジレンマを感じながらも、試行錯誤を繰り返した。その成果を見せる舞台こそ全国選手権のはずだったが、県大会準決勝で道は閉ざされた。

 夢は実現しなかった。しかし細貝は高校レベルで終わる選手ではない。次の活躍の舞台はJリーグだ。そしてその道は世界へも続いている。



金の卵を探せ

MEMO
赤細貝 萌(ほそがい・はじめ)1986年6月10日、前橋市生まれ。
細貝 萌(ほそがい・はじめ)1986年6月10日、前橋市生まれ。双子の兄の影響で広瀬小1年でサッカーを始める。その後前橋南FCに入団。中学時代はFC前橋ジュニアユースに所属。中学3年時にU−15代表に選出され、以降、各年代のユース代表を経験。家族は、父辰弘さん、母恵子さん、兄拓(ひろし)さん、兄聡さん。178センチ、69キロ。血液型はA。



 
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