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小沢竜己 青森山田 イメージ
 夏の総体を制した青森山田(青森)を引っ張るのは、FW小沢竜己主将(3年)だ。昨年のU−16日本代表ではエースストライカーとして活躍。高い能力を買われ、J1東京と7月という異例の早期に仮契約を交わした。3年連続出場の選手権では、もちろん全国2冠を狙う。
選手権青森県大会決勝 青森山田対三本木農 優勝を決め、インタビューに答える小沢=05年11月6日、県総合運動公園陸上競技場  もっと大きな感動があるはずだ、と小沢は確信している。夏の千葉総体で初めて全国制覇を達成。負傷した頭部に包帯を巻きながらプレーした決勝後「やっと日本一になれた」と男泣きした。今度は高校生活の集大成となる選手権で、歓喜の涙を流す場面を思い描いている。
  入学直後から背番号10をつけていた。技術、スピード、得点感覚と、すでに高校生レベルでは文句の付けようがなかった。その年にU−16日本代表にも選出された。2年生となった4月のモンテギュー国際大会では、決勝のイタリア戦でハットトリックを達成。得点王にも輝いた。続くU−17アジア選手権にも出場。この世代を代表するFWとしてだれもが認めていた。
  主将に就任した今年、チームは快進撃を続けた。青森県内の試合はもちろん、東北内での公式戦では1度も負けなかった。2月の東北新人、6月の東北選手権を制し、さらにプリンスリーグ東北でも3連覇を達成した。しかしどれほど白星を重ねても、気を緩めることはなかった。
  「優勝しないといけないと思っている。東北で負けていては全国で勝てないから」。その目はあくまで日本一に向いていた。そして公式戦無敗のまま、総体優勝を達成した。青森県勢としては初の偉業だった。
  名古屋市の出身。中学卒業時はJリーグのユースチームからも誘いがあった。そんな中で地元から遠く離れた青森山田を選んだのは、先輩の薦めもあったが「FWとして成長するためには厳しい環境がいい」と判断してのことだ。
  寮生活をスタートさせ、慣れない雪国では苦労も多かった。特に昨季は積雪量が多く、まるでスキー場のようなグラウンドで懸命にボールを追った。選手として強くなるために必要なものは技術だけではない。どんな環境でも全力を傾ける精神力が、北国の暮らしで備わった。
選手権青森県大会決勝 青森山田対三本木農 前半、積極的にシュートを放つ小沢=05年11月6日、県総合運動公園陸上競技場  来年のJ1東京入団が決まっている。春から複数チームの練習に参加する中、7月という異例の早期契約が実現した。期待の大きさの証明だった。ただしプロ入り決定で、さらに相手のマークは厳しくなった。「それは当たり前だし、そこで結果を残さなければプロで通用しない」。大舞台でゴールを奪うことが自分の使命と分かっている。
  選手権は3年連続出場となる。2年前は唯一の1年生レギュラーとしてプレーした。しかし今年の先発メンバーは、ほとんどが同学年で、結束力が強い。右サイドのMF松本怜はU−18日本代表。ツートップを組むFW伊東俊(3年)は総体得点王。3年間、同じ目標に向かってきた仲間の存在は、小沢にも大きな刺激を与えている。
  3回戦止まりだった過去2年とは違い、今年は堂々の優勝候補として乗り込む。全国2冠のチャンスを生かさない手はない。大きなプレッシャーをエネルギーにできるのがトップ選手とすれば、小沢にその資格は十分に備わっている。
写真上=選手権青森県大会決勝 青森山田対三本木農 優勝を決め、インタビューに答える小沢=05年11月6日、県総合運動公園陸上競技場

写真下=選手権青森県大会決勝 青森山田対三本木農 前半、積極的にシュートを放つ小沢=05年11月6日、県総合運動公園陸上競技場

小沢竜己(こざわ・りゅうき)
1988年(昭63)2月6日、名古屋市生まれ。4歳からサッカーを始め、中学で所属した名古屋FCでは高円宮杯で全国4強入り。03年青森山田高に進学し、2年時にU−16日本代表でモンテギュー国際大会優勝。得点王も獲得。3年で総体優勝。選手権は3年連続出場。好きな選手はサビオラ、オーウェン。家族は両親、姉2人。170 センチ 、65 キロ 。血液型A。


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