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坂本和哉 大津 イメージ
“メードイン大津”の秘蔵っ子が、初の全国タイトルを地元に持ち帰る。7年連続11度目の出場となる大津の最終ラインを束ねるDF坂本和哉(3年)は生まれも育ちも熊本県大津町。14年前に始まった同町のサッカー振興策が生んだ「黄金世代」の1人で、このたび浦和入団が内定した。高校最後の大会で求めるものは1つしかない。
チームメイトとともにランニングする坂本(右)  自宅から高校まで自転車で5分。近くにはのどかな田園風景が広がる。生粋の大津っ子の坂本が口にするのは地域への感謝の思いだ。「のんびりした田舎のこの町が大好き。サッカーに取り組める環境や指導者に恵まれてます。小さいころから見てきた大津高校で、この仲間と一緒に優勝へ向かいたい」。高校最後の大会を前に思いは強まる。
  浦和入りする坂本のほか3人のJリーグ入団が内定した。GK武田洋平が清水、MF本田真吾が福岡、FW市原大嗣は大分。各ポジションにJ1内定者が並び、平岡和徳監督(40)も「初めてのこと」と驚く。さらに全員が大津町内の中学校出身。いわば大津の「黄金世代」である。その原点は今から14年前、1990年ごろにさかのぼる。
  99年熊本国体でのサッカー誘致を狙った大津町は天然芝4面をそろえたサッカー場を整備。小さなころからサッカーに触れる環境をつくろうと、町内8つの幼稚園と保育園にミニゴールとボールを配布した。大津保育園でそのボールを蹴っていたのが、坂本だった。「保母さんと5、6人で毎日サッカーをしていた」。
  幼稚園から小学低学年を対象にしたキッズ大会でも活躍。室小6のときには熊本県大会で優勝、全国大会に初出場した。左足の精度と展開力、1対1の強さ、クレバーな守備は当時から有名だった。大津北中では大津町トレセンで技に磨きをかけ、大津高の練習にも参加。「町から日本代表をつくろう」。地元の小中高の指導者の強い結びつきが実り、坂本は中3年でU−15(15歳以下)日本代表に初選出された。
黙々とヘディングの練習をする坂本  じっくり地元で熟成された坂本は郷土の誇りを胸に最後の冬を迎える。昨年は大雪の中で初戦を戦い、雪国・岩手の盛岡商に0−1で敗れた。「あの悔しさはみんな忘れていない」(坂本)。1年前の主力8人が残り、鮮やかにパスをつなぐコンパクトサッカーに磨きをかけた。今年4月のFBS杯、さらに6月の全九州大会では選手権王者の鹿児島実を破って、優勝した。今年は戦術とともに精神的な強さも光る。ある合宿中の午前2時。突然、平岡監督は選手をたたき起こし、深夜のランニングを命じた。「どんな状況にも屈しない意識付けをさせた」。指揮官の脳裏からも、あの雪景色が消えたことはなかった。
  11月の選手権熊本予選では初戦から6戦46得点無失点の完全V。1年間の努力が花開いた。坂本が振り返る。「全員が集中して戦えば、結果はついてくる。うちは攻撃が自慢。自分自身は今、攻撃をつくる前の守備で声を出してチームをコントロールすることを大切にしている。予選の決勝(ルーテル学院に1−0)はいいパフォーマンスで、高校で1番印象に残る試合でした。これなら選手権もいけると思う」。
  卒業後には華やかなJリーグの舞台がある。それでも「このメンバーで多く試合をしたい」と言い切る。大津町の「大」をモチーフにしたエンブレムは、小学時代に所属したクラブと同じもの。郷土の誇りを抱いたサッカー少年の視線は、悲願の優勝旗をとらえている。
写真上=チームメイトとともにランニングする坂本(右)
写真下=黙々とヘディングの練習をする坂本

坂本和哉(さかもと・かずや)
1987年(昭和62年)9月2日、熊本県大津町出身。大津保育園の2歳からサッカーボールに親しみ、室小4年の時にプライマリー大津FC(現スポーツの森大津FC)で本格的にサッカーを始める。大津北中から大津に進学し、ボランチとDFでプレー。中3のときにU−15(15歳以下)のアイルランド遠征で日本代表初選出。趣味は映画鑑賞。家族は両親と兄、妹。180センチ、66キロ。血液型O型。


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