nikkansports.comTOPへ

click here!






click here!
注目選手紹介 イメージ
nikkansports.com > 注目選手紹介
伊藤華英(20=セントラルスポーツ) 伊藤華英(20=セントラルスポーツ)

女子100メートル背泳ぎを制し笑顔の伊藤華英
日本選手権2日目 女子100メートル背泳ぎを制し笑顔の伊藤華英=05年4月22日、横浜国際プール
 女子背泳ぎの伊藤華英(20=セントラルスポーツ)には、やはり笑顔が似合う。4月の日本選手権200メートルではライバルの寺川綾、中村礼子を抑えて優勝。50、100メートルと3種目で世界選手権の代表に選ばれた。昨年はメダル期待の美人スイマーと期待されながら、アテネ五輪の切符を逃す屈辱を味わった。その悔しさを今夏、3大会連続の世界選手権で晴らす。1年前の悔し涙を、モントリオールではうれし涙に変える。


五輪不出場から1年、華英スマイルはじけた
 華やかな笑顔が戻った。4月の日本選手権。当然、話題はアテネ五輪のメダリストに集まった。男子平泳ぎ2冠の北島が200メートルで敗れる大波乱。女子自由形800メートル金の柴田は200メートルも制して3冠を獲得した。
 その中で最も輝いたのは、アテネに行けなかった伊藤だった。激戦の女子100メートル背泳ぎを自己ベストの1分1秒15で制した。アテネ五輪200メートル銅メダルの中村礼子、ライバルの寺川を抑えての初優勝。後半勝負が的中して「最後は行くしかないと思って、死に物狂いでした」と華英スマイルがはじけた。
女子200メートル背泳ぎ予選で力泳する伊藤華英
日本選手権最終日 女子200メートル背泳ぎ予選で力泳する伊藤華英=05年4月24日、横浜国際プール
 1年前の日本選手権では悔し涙を流した。最初の100メートルで5位。狙っていた200メートルでは3位。2位とわずか0秒66差で五輪切符を逃した。代表メンバーの輝かしいセレモニーを見ることができず、薄暗いサブプールで1人泣いた。「接戦になっても、自分のレースをする覚悟ができていなかった。最後は完全に逃げていた」。寺川とともに美人スイマーと騒がれ、アテネの星と注目されたレース前から一転。空白の夏が待っていた。自分のCMがテレビで流れるたびに、悔し涙がこみあげた。中村の五輪200メートル銅メダルは、合宿していた新潟でテレビ観戦し「悔しさがこみ上げた」と振り返る。


3大会連続の世界選手権出場
女子100メートル背泳ぎの表彰台の真ん中で高々と手を上げる伊藤華英
日本選手権2日目 女子100メートル背泳ぎの表彰台の真ん中で高々と手を上げる伊藤華英、左は2位の中村礼子、右は3位の寺川綾=05年4月22日、横浜国際プール
 救ってくれたのは恩師・鈴木陽二コーチだった。「今度は4年後(北京五輪)だぞ」という言葉で気持ちを切り替え、五輪メンバーとの再対決に備えて毎日8000メートルを泳ぎ込んだ。その結果、今年の日本選手権では200メートル、さらには50メートルでも標準記録を突破して、世界選手権の切符を獲得。もうライバルに先行されても、焦りで自分の泳ぎを見失うことはなかった。
 世界選手権は高校生だった01年福岡から3大会連続の出場となる。「世界の舞台に立ったら精いっぱい自分の泳ぎができると思います。目標のメダルへ1歩ずつ進みたい」。アテネ五輪に出場した友人の寺川が今度は落選して立場が逆になったが「今度は私が彼女の分も頑張る」と意気込む。50メートル代表には頼れるベテラン中村真衣も復活した。昨年、流した悔し涙を、モントリオールではうれし涙に変える。


プロフィル
伊藤華英(いとう・はなえ)1985年(昭60)1月18日、埼玉県大宮市生まれ。幼少時、ぜんそくを治すために水泳を始める。日大在学中。セントラルスポーツ所属。今年の日本選手権は50メートル背泳ぎが28秒91で2位、100メートルが自己ベストの1分1秒15で優勝、200メートルが2分11秒16で2位。173センチ、62キロ。血液型AB。


前のページへ戻る このページの先頭へ
  nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
  すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
  (C)2005,Nikkan Sports News.