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<全国高校総体サッカー>◇8日・最終日◇決勝(35分ハーフ)◇大阪市長居陸上競技場
広島観音(広島)が初出場初優勝の快挙を達成した。初芝橋本(和歌山)との決勝は、広島観音の2年生エースFW左山(さやま)駿介が後半に2得点の大活躍。2―0で快勝し、1922年創部から84年目にして悲願の全国優勝を飾った。高校選手権は04年度に初出場し、2度目の昨年度はベスト8に進出。強豪の仲間入りを果たした広島の雄は、まだまだ快進撃を続けそうだ。広島県勢の総体優勝は、99年の広島皆実以来7年(八千代との両校V)ぶり。初芝橋本は過去最高の準優勝に終わった。
灼熱の夏を制したのは初陣の広島観音だった。創部84年目での初出場でトーナメント6試合を勝ち抜いた。決勝の試合後、歓喜の輪の中で畑喜美夫監督(40)の胴上げが2度、3度と行われた。
「7日間で6試合という厳しい日程で、子供たちが攻守に渡って頑張った。優勝したが、これはまだ通過点。この夏に見つかった課題を確認して、1ランク上のチームになりたい」。指揮官の笑顔が弾けた。
決勝は両校無得点で迎えた後半11分、ゴール前でFW左山が振り向きざまに左足を振り抜き、待望の先制点が生まれた。その7分後には再び左山のヘッドで追加点。今大会6戦5発のエースは「優勝? 実感ないです。得点場面は体が勝手に動いただけ」。2学年上の兄晋平(19=J2仙台)も同校OBで、今年1月の選手権ではベスト8進出の原動力になった。「兄ちゃんができなかった優勝が目標だった」と、弟は兄越えを素直に喜んだ。
今大会は1回戦から準々決勝までは午前中や正午すぎの試合開催で、ピッチ上は気温35度以上という条件だった。決して秀でた選手はいないが、全員が安定した走力、技術を出せた。6試合で11得点、失点はわずか1。準決勝まで5戦10得点の初芝橋本の攻撃力を、コンパクトな守備網で封じ込めた。
ベンチには今春卒業したOBの山本亮さんの遺影があった。脳腫瘍におかされながら、今年2月まで部の仲間として活動した。しかし、4月に18年間という短い人生を終えた。70人の全部員で告別式に参列した。涙で「全国優勝」の目標を誓ってから4カ月。遺影を抱えていたMF天根駿(3年)は「決勝は苦戦したけど、亮君が天国から見守ってくれた気がする。僕らの実力というよりは、亮君に助けられたんです」と先輩に感謝した。
広島県内屈指の進学校として、部活動は文芸部や演劇部、放送部などが全国で活躍してきたが、サッカー部は選手権に最近2年間に連続で出場したばかり。就任10年目の畑監督の指導が軌道に乗り、選手権では2年前に初出場で3回戦進出、前回は8強。全国大会という計算では今回が3度目の挑戦で、日本一へと上り詰めた。
主将のDF代(だい)健司(3年)は「この優勝が最終目標じゃない。僕らには全日本ユースや選手権がある」という。広島からバス2台約100人の生徒が駆けつけ、学校一丸となった今夏。広島観音は新たな歴史を刻み、次へのステップに進む。
初芝橋本の9度目の挑戦でも、初優勝はお預けとなった。主将のDF岡根直哉(3年)は「1番になるつもりだったから悔しい」と声を絞り出すのがやっと。圧倒的な攻撃力を誇りながら、決勝はMF赤木和彦(3年)が累積警告で出場停止。連戦の疲れも影響したのか、展開力とスピードを生かした波状攻撃はできなかった。無念の完封負けだった。 91年4月に開校、サッカー部も同時に創部された。選手権は吉原宏太(現大宮)を擁した95年度のベスト4、総体はベスト16が最高の成績。それを今大会で上回らせたのは、昨年3月に就任した岡村宜城(よしき)監督(29)の手腕が大きい。現役時代は国見、関大、G大阪とエリートコースを歩いた異色の青年指導者で、守備よりも、徹底して相手ゴール前に攻め込む姿勢を教え込む。仲井和哉コーチ(27)とともに若さを全面に押し出した。
「もう少し動きの質を高めたかった。ボールを持ちすぎる傾向があったので指示は出したんですが、体力消耗が激しかった。それ以上に相手の守備力は良かったと思います。悔しいですね」と岡村監督。最近2年間は選手権出場を逃す強豪は、今冬での雪辱を目指す。