
「高校のメーンはやっぱり“春高”」「テレビ中継もあるし観客も多いし、燃えますね」───春高の舞台を経験した多くの選手が、今の日本バレー界を引っ張る存在に成長した。彼らにとっての「春高」とはどんなものだったのか。当時の思い出、高校時代のこと、そしてバレー界の後輩たちへのメッセージなどを大いに語ってもらった。
春高には富士見高(静岡)2年の時に出場しました。準々決勝進出を懸けた3回戦で飯田香理さん(現日立佐和リヴァーレ)のいた大成女子(茨城)に負けましたが、2勝できたことがいい思い出です。
>> 続きはこちら
春高では、高1の時に優勝を経験しました。準決勝の高松北戦は3―1で勝ったんですが、すごく苦しんだので、1番心に残っています。決勝の文京学院大女戦には、一緒にプレーしたことのないOGの人たちまで応援に来てくれて、すごくうれしかったし、ありがたかったのを覚えています。
>> 続きはこちら
高校時代は、春高が一番楽しかったのは間違いないですね。全国の強いチームが集まるし、インターハイにないもの(テレビ中継)もある。スタンドにはメンバーの父兄だけでなく、東京に住んでいる秋田県の人たちも集まってきてくれて。それがすごくうれしかったし、とても力になりました。
>> 続きはこちら
成徳学園2年生で迎えた02年3月の春高で優勝しました。決勝は連覇に挑んだ三田尻女子。今までで1番の思い出であり、1番楽しく、1番の財産になった試合です。
>> 続きはこちら