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早朝自主トレでつかんだ自信、7年ぶり全国1勝だ

日章学園MF黒木聖仁(右)は卒業後、C大阪入りが決まっている

 泣き虫返上でプロ入りだ。日章学園のキャプテン黒木聖仁(3年)は卒業後、C大阪入りが決まっているボランチ。細身を判断力でカバーし、チームを5年ぶり5度目の選手権出場に導いた。先輩との別れに毎年、泣きじゃくってきた黒木は、笑顔で卒業するため、7年ぶりの全国1勝を誓う。

 入学した時から、卒業するのが怖かった。「自分、恥ずかしいけど卒業式とかで、めっちゃ泣くんですよ。3年生の最後の試合では、先輩より泣いてしまう。だから、自分の高校生活が終わるのが怖いんです」。そう言って肩をすぼめる黒木は「キャプテンになる前は、お調子者でした」と告白する。1年の新人戦前に、ひざを痛めた。「試合に出られないと、いじけて、少しまゆを整えて(笑い)。監督に、すごく怒られて、その後のトレセンに連れて行ってもらえませんでした」。2年から試合には出ていたが、世代別代表候補などの選出経験はなかった。転機は今年4月、プリンスリーグU-18九州の開幕戦。国見(長崎)戦の後半39分、ヘディングで同点ゴールを挙げた数日後、C大阪から練習参加の誘いが来た。

  C大阪の練習には3泊4日で参加し、森島寛晃(35)森島康仁(20)柿谷曜一朗(17)らに交じってプレーした。最終日に大学との練習試合に出場。「ボランチで組んだ、顔を知らない選手が、すごくうまかった。宮崎に帰って雑誌で調べたら香川(真司=18)さんで、びっくりしました」。選手寮での食事も、緊張でのどを通らなかった黒木にとって、プロへの夢と課題を見つける体験になった。「柿谷とか香川さんとかとは、ゲーム中の指示以外は話もできなくて、相手にされてない感じだった。同じくらいの年でも、うまい人がたくさんいると分かった」。スカウトには視野の広さやボールタッチの柔らかさを評価された一方で、トラップに難があると指摘された。その後は毎朝5時30分に起床。学校の寮の点呼時間の6時30分まで、テニスボールでリフティングを繰り返した。「中学のときは最高990回だったけど、今は2500回続くこともあります」と、自主トレを重ねて自信をつけた。

「胸を張ってJリーグへいくために勝ち続けたい」

 寮での自由時間は、DVDを見て過ごすことが多い。ヘビーローテーションは、05年度選手権決勝の野洲対鹿児島実戦。「去年のキャプテンと何度も見て、自分は野洲の乾(貴士、19=現横浜)選手のドリブルをまねしてました」。一緒に全国舞台にあこがれた前キャプテンから、昨年の県決勝で敗れた後、腕のマークを譲り受けた。早稲田一男監督(48)は「黒木はキャプテンになって、けじめをつけられるようになった。練習ではまじめだが、下級生をのびのびさせる大らかさが、チームの調子を上げてきた」と信頼する。3年連続県決勝で逃した全国切符を、5年ぶりにつかんだ。全日本ユース王者の流通経大柏(千葉)と同ブロックで、8強に進出すれば、野洲(滋賀)と対戦する可能性もある。黒木は「初戦から1試合ずつ集中したい。何かが終わるのがイヤなので、とにかく勝ち続けたいです。全部勝ったら、胸を張ってJリーグに行けるでしょうね。でも、優勝したら、やっぱり泣くかなあ」と、困った顔でイメージしたラストステージが、大みそかに幕を開ける。【佐藤千晶】

◆黒木聖仁(くろぎ・まさと) 1989年(平元)10月24日、宮崎・延岡市生まれ。伊形小2年から黒潮サッカースポーツ少年団でサッカーを始め、6年時には全国大会出場。土々呂中まではセンターフォワード、トップ下などをこなし、日章学園2年時は左サイド。「甘えられるのは苦手なので」好きなタレントは沢尻エリカ。180センチ、67キロ。

早稲田監督は“親子鷹”で8強進出目指す!

親子鷹で初の8強進出だ。2トップの一角をなすFW早稲田昂平(こうへい=2年)は早稲田監督の二男。早稲田監督は77年度の帝京優勝メンバーで、長男一平さん(19)も日章学園サッカー部で指導したが、3年連続で県決勝敗退。「親子で、高校サッカーのメーンの大会に出られるのは幸せです」と監督は話す。過去4回の選手権は3回戦進出が最高。早稲田、黒木、センターバックの後藤建太(3年)を中心に4-4-2で3回戦の壁に挑む




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