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阿部祐大朗(あべ・ゆうたろう)
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1984年(昭和59年)10月5日、東京都町田市生まれ。6歳から町田JFCでサッカーを始め、桐蔭学園中から桐蔭学園高入学。1、2年と連続で全国選手権に出場。昨年9月のU−17世界選手権は1次リーグ敗退も初戦の米国戦で2得点した。父和郎さん(53=会社員)母幸江さん(46=看護婦)姉奈央子さん(20)。181センチ、72キロ。
桐蔭学園FW阿部祐大朗(3年)が、選手権をステップに飛躍を誓った。選手権出場のため、海外挑戦をあきらめた阿部は、1年からレギュラーで活躍しているが、全国大会ではまだ結果を残していない。飛び級でアテネ五輪に出場し、4年後のW杯で活躍するためにも、代表スタッフから注目される選手権に照準を合わせた。現在、Jリーグ横浜の強化指定選手としてプレーしており、ハイレベルな舞台でますます実力を伸ばしている。
強化指定選手として培った実力をぶつける
最後のチャンスだ。阿部はすでに選手権に2回出場しているが、いずれも3回戦前に姿を消している。今年こそ、横浜で2年間、強化指定選手として培った実力をぶつける覚悟だ。高校サッカーの頂点を競う選手権出場のために、桐蔭学園でのプレーを選択した。今でも「間違った選択ではなかった」と思っている。今までなかなか結果を残せなかったが、今年にかける意気込みは大きい。
南米にサッカー留学しようと思っていた
阿部は最初、クラブチームでサッカーを始めた。町田JFCで6歳からボールを蹴り始めた。高いレベルでのプレーを望んで、9歳の時にV川崎(現東京V)ジュニアのテストを受けた。当時はボランチを務めていたが、テストに合格出来ず小学校を卒業するまで町田JFCでサッカーを続けた。最初の挑戦に失敗し、今度は学校サッカーで実力を伸ばす決心をした。
「勉強とサッカーを両立したかった。当時はプロになるとは思ってなくて、いい大学に入りたかった」と、桐蔭学園中を受験。1年からレギュラーになり、2年と3年の時に全国大会で準優勝した。当時の準優勝メンバーの主力がそのまま桐蔭学園高に進学。しかし阿部は悩んだ。「だんだんサッカーがおもしろくなって、学校を辞めて南米にサッカー留学しようと思っていた」。ブラジル行きを決心したが、両親の反対に遭った。両親を説得するうちに日本のクラブユースチームのテスト期間も過ぎてしまった。
SBS杯 U−19日本代表対Uー19ポルトガル代表 ポルトガルのジョアオ・ペレイラ(右)とボールを奪い合う阿部祐大朗=02年8月14日、静岡・藤枝総合運動公園サッカー場
「今のメンバーなら高校日本一になれる」。阿部は揺れる気持ちを抑えて結局、進学の道を選んだ。そこにはこんな信念もあった。「今までの代表FWのほとんどが高校でサッカーをやっていた」。今回のW杯日本代表23人のうち5人がユース出身だが、FW登録の4人に限ればいずれも高校の部活でサッカーをやっていた。さらに「練習は、クラブのユースチームに比べて走り込み重視の面白くない内容かもしれないけど、黙々とこなすことで強い精神力と集中力が生まれると思う」と厳しい練習も前向きにこなす。その先に見えるのは日本中が注目する選手権だ。「選手権はテレビや新聞が大々的に報じるのを見てすごいと思った。しかも代表関係者も注目する。今年は僕がチームを引っ張る覚悟で、必ず神奈川予選を通過して全国トップに立ちたい」。選手権を足掛かりに2年後のアテネ五輪、06年のW杯ドイツ大会の出場を狙う。
W杯メンバーに入って世界へアピールしたい
現在U−19(19歳以下)日本代表だが、アテネ五輪に出場するためには1つ上の年代のU−21(21歳以下)日本代表との競争に勝たないといけない。上の年代には田原豊(20=京都)前田遼一(20=磐田)らそうそうたるメンバーがそろっており、簡単に代表の座を明け渡してくれるとは思えない。「アトランタ、シドニー五輪をテレビで見たけど、五輪は普通の世界大会とは違う雰囲気があった。アテネを逃すと2度と五輪出場のチャンスはこないので、絶対に入りたい」。
横浜対仙台 前半5分、横浜の阿部祐大朗(左)は仙台DFをかわしてドリブル=02年7月13日、三ツ沢球技場
桐蔭学園の了解を得て、12月まで横浜でプレーしている。ブラジルを率いて90年W杯に出場した名将・横浜のラザロニ監督は「技術、戦術の理解度、向上心、ハートの強さ、どれを取っても阿部はすでにトップレベルに達している。特に足元の柔らかさは日本人にはないものを持っている。あとは経験さえ積めば、日本が世界に誇るいい選手になれる」と、優勝争いが続く7月13日の仙台戦ではスタメン出場させたほど、阿部の能力に期待している。
高校生としての最後の大会・選手権。「日本一になりたいと思って進学したけど、まだ1回も優勝していない。近い将来には海外のクラブに進出したいので、W杯メンバーに入って世界へアピールしたい。そのためにも今年の選手権は大事だし、優勝して終えたい」。将来、日本を背負うエース候補は、気合を入れ直した。夢は広がる。そしてその夢を実現する力が阿部にはある。
◆ 強化指定選手制度 ◆
日本サッカー協会が若手の強化・育成を目指して97年に導入した。技術委員会に指名された選手は、高校のサッカー部やクラブユースに在籍したままJリーグ、サテライトリーグに出場できる。適用は1年間で毎年8月末日まで(阿部は特別措置として今年12月まで延長)。特例で自宅または学校に近いJクラブが指定される。現在、フェイエノールトでプレーするMF小野が初のケースで、清水商在籍時に清水の練習に参加した。帝京高FW矢野(現甲府)が99年に初めてV川崎(現東京V)の選手としてトップの公式戦に出場した。今季の指定選手は8人。
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