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渡辺夏奈(わたなべ・かな)
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1984年(昭和59年)7月28日、宮城県仙台市生まれ。兄の影響で若林小2年から仙台フェアリーズでサッカーを始める。U−12(ジュニア)U−16(ジュニアユース)U−19(ユース)と各年代で日本代表入り。聖和学園では昨年の全日本高校女子選手権で優勝。ポジションは小学時にFW、中高でMF。家族は父治さん(46=会社員)母留美子さん(44)兄武和さん(21)。159センチ、49キロ。血液型A。
聖和学園(宮城)MF渡辺夏奈(3年)が、8月にカナダで行われた第1回FIFA U−19女子世界選手権で大活躍を見せた。Lリーグや大学所属の選手たちの中で、高校生としては唯一人、全試合フル出場。グループリーグ第3戦のデンマーク戦ではアシストも記録した。成長を続ける渡辺に、今後はフル代表入りの期待がかかる。
世界と互角に戦えると感じた
渡辺の活躍なくしては、日本のベスト8進出はありえなかった。1敗1分けとグループリーグ突破へ、絶対に勝たなければならない状況で迎えた第3戦。前半を終えて0−1とデンマークに1点のリードを許していた。そんながけっぷちの状況で渡辺が魅せた。後半22分、右サイドでパスを受けると、すかさず前線をルックアップ。相手DF2人に挟まれたFW大野忍(18=日テレ・ベレーザ)を見つけると、絶妙のタイミングでスルーパスを繰り出した。パスを受けた大野がゴールへ流し込み、同点に追いついた。勢いに乗った日本は、6分後には勝ち越し点を奪い、4チーム中2位で決勝トーナメントに駒を進めた。
159センチ、49キロと、決して体格には恵まれていない。リーグ戦でナイジェリア、カナダ、デンマーク、さらに決勝トーナメントでドイツと計4試合を戦った渡辺は「どのチームも大きいし、当たりが強かった」と身体面の違いを真っ先に振り返った。170センチ以上が当たり前の相手DFに、ファウルすれすれの激しいタックルを繰り返される。慣れない環境と、8日で4試合というハードな日程が重なり、疲労はピークに達していた。
だが渡辺は休むことなく試合に出場し続けた。通常の3−5−2システムでは、右サイドのMFとして、相手が3トップだったカナダ戦の4−2−3−1システムでは、ダブルボランチの一角として攻守に走り回った。3月のインド遠征、4月のアジア選手権と守ってきたレギュラーの座を渡さなかった。決勝トーナメントは、初戦でドイツに延長の末1−2で逆転Vゴール負けを喫した。渡辺は「勝てていた試合。世界と互角に戦えると感じた」と振り返った。記念すべき第1回大会で、世界に日本の力を示す原動力となった。
守備を評価されることも多いけど、好きなのは攻撃
U-19女子世界選手権で交換したイングランド代表ユニホームを着て、シュート練習を繰り返す渡辺夏奈
サッカーを始めたのは小学2年から。兄・武和さん(21)の影響で、小学5年の時には男子の先輩を押しのけてレギュラーをつかむほどに成長していた。その後U−12(ジュニア)U−16(ジュニアユース)そして今回のU−19(ユース)とすべての年代で日本代表に選出されてきた。98年のフランスW杯では日本から選ばれた20人のボールボーイの一員として、チリ対カメルーン戦を間近で観戦。世界を意識する環境に身を置くようになっていた。
聖和学園の国井精一監督(51)は「もともと身体能力は高いし、スピードがある。ハートがしっかりしていて、リーダーシップも出てきた」と、チームでは主将を務める渡辺に信頼を寄せる。サッカー部ではなかったが、母・留美子さん(44)も聖和学園出身で、国井監督の教え子。学校から自転車で約15分の距離に住んでいたこともあり、小学生のころから現在全国制覇4度の名将から指導を受けていた。高校進学後は、1年時からレギュラーを獲得。日没のため途中で連続記録は断念したが、リフティングは30分間で連続約2500回を楽々こなすなど、男子顔負けのテクニックに磨きをかけてきた。国井監督は「昔は器用さはなかったが、性格の実直さが彼女を成長させた。今は徐々にゲームの駆け引きもできるようになってきた」と、渡辺に底知れない可能性を感じている。
これまでFWからDFまでさまざまなポジションを経験してきた。現在もMFだけでなく、持ち前の読みの鋭さからDFも任される。渡辺は「守備を評価されることも多いけど、好きなのは攻撃」と複雑な表情で話す。DFで出場した試合中も、チャンスがあれば積極的に攻撃に参加する。攻撃的なサイドバックとして知られる、ブラジル代表のロベルト・カルロスを目標にしている。
日本女子サッカー界の将来を担う一員
全日本高校女子サッカー選手権決勝 果敢なプレーでチームを引っ張った渡辺夏奈=02年8月4日、ジュビロ磐田スタジアム
卒業後は大学に進学してサッカーを続ける。だが渡辺は「強いところでやるつもりはない。サッカーを楽しめる環境がいい」と話す。各年代で日本代表に選ばれ、高校でも昨年日本一に輝いた。エリートコースを歩んできたが、それは「趣味」という好きなサッカーを純粋に楽しんできた結果であることを強調する。周囲の期待をよそに、次のステップとなるフル代表へのこだわりは少ない。将来もLリーグでのプレーより「最高の環境」と話す聖和学園に戻って、何かしらの恩返しをしたいと考えている。
今回の世界選手権で敗れた日、同じホテルに泊まっていたイングランド代表選手とユニホームを交換した。同じ背番号5番のユニホームを譲り合い、笑顔で別れた。言葉はわからなかったが「宝物」というサッカー発祥の地・イングランド代表の白いユニホームを、練習でも好んで着用している。ともにベスト8で涙を飲んだが、将来に向けての激励のメッセージとなった。これまではマイペースを貫いてきた渡辺。だが初めて経験した世界選手権という大舞台が、徐々に心境に変化をもたらし始めている。日本女子サッカー界の将来を担う一員だという自覚が、渡辺の中で確かに芽生え始めている。
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