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第5回矢野貴章(浜名3年)
矢野貴章
矢野貴章(やの・きしょう)
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1984年(昭和59年)4月5日、浜松市生まれ。静岡大付浜松小2年からサッカーを始め、4年から浜松JFC入り。静岡大付浜松中時代はジュビロ浜北に所属。99年U−15代表候補トレーニングキャンプに、DFとして招集される。昨年のU−17世界選手権1次リーグでは、FWで2試合に途中出場。最終のフランス戦で日本唯一のゴールを決めた。家族は母明美さん(51)兄晴之介さん(25=日体大大学院)。184センチ、66キロ。血液型O。
 浜名(静岡)FW矢野貴章(3年)が世界の舞台での活躍を誓った。矢野は昨年9月にトリニダードトバゴで行われたU−17世界選手権のフランス戦で、日本唯一のゴールを決め一躍脚光を浴びた。184センチ、68キロの恵まれた体からの強烈ヘッドを武器にして、今年10月にカタールで行われたU−20アジア選手権では、層の厚いFW陣の中で4試合に出場。これまで内に秘められていた大きな才能が関係者の多くから高い評価を得た。目標としていた全国高校選手権は、静岡県大会準々決勝で浜松湖東に敗れ出場を逃したが、矢野の将来には無限の可能性が広がっている。

 U−20アジア選手権でゴール決める 

 10月23日、カタールの夜空に矢野が舞った。1次リーグBブロック最終・バングラデシュ戦の前半32分、DF坪内秀介(19=J1神戸)の右クロスに反応した矢野は迷わず跳んだ。184センチの長身でのジャンプに、相手DFの頭は胸に触れるのがやっと。もう邪魔すものはない。ゴールへ自慢のヘディングシュートをたたき込んだ。後半10分にも茂木弘人(19=J1広島)の左からのラストパスを再び頭で合わせ、この日2点目のゴールをゲットした。

 高い打点からのヘッドは、代表を始めとするどのチームでも、ここ一番の切札に数えられる。相手が完全に引いて守備を固めた時や、先制点を奪われどうしてもゴールがほしい時に、高さは魅力的な武器となる。線の細さを指摘されることも多かったが、何度倒されても立ち上がるひたむきさと内に秘めた闘志で、矢野はゴールゲットできる位置に必ず立ち、チャンスをものにした。

 昨年9月のU−17世界選手権ではフランス戦で日本唯一のゴールを決めている。後半21分にスルーパスを右足で合わせ、見事なノートラップボレーシュート。0−5と勝負が決まってからの一発ではあったが「自分が得点するとかより、何とかチームの勝利に貢献したかった」と話した。


 浜名でFW転向し急成長 

競り合う矢野貴章  
 1年時の総体からFWのレギュラーとして、浜名高を引っ張り続けた矢野(右)
 
 今でこそ、U−19日本代表の攻撃の切札となった矢野だが、中学時代はサイドバック。初招集されたU−15トレーニングキャンプでもDF登録だった。しかし浜名高の池谷守之監督(42)は「大きいけれど、走る時のストライドが長くDFは厳しいと思った。FWの方が高さが生きる。うちのチームで3年間FWとして使いたいと感じました」とFW転向を決め、1年の静岡県総体西部地区大会からレギュラーに据えた。

 しかし、この当時から評価ははっきり2つに分かれていた。「周りから足元が下手だの、いろいろ言われました。でも矢野にはそれに代わる頭がある。1番いい所を伸ばしてやることが、指導者の役目」と池谷監督はひたすら矢野を使い続けた。その中で経験を積んだ矢野は、日本代表候補合宿でさらなる成長を遂げた。高校生ながらJ1横浜の強化指定選手としてリーグ戦に出場した阿部祐大朗(桐蔭学園3年)ら、同世代の技術の高い選手と切磋琢磨する中で、課題だった足元の技術も向上した。

 昨年の選手権県大会では準々決勝で清水東にPK負け。その後、新チームでは主将となった。日本協会から強化指定選手にも選ばれ、J1磐田所属としてサテライトリーグにも出場。今年9月10日の横浜戦でも得意のヘッドでゴールを決めた。しかし、U−19日本代表では、坂田大輔(19=J1横浜)と茂木のJリーガーに阿部というタレントがそろう層の厚いFW陣の中、出場機会は巡ってこなかった。矢野は「自分に与えられるチャンスは少ない。その中で、ゴールをしっかり決めてアピールするだけです」と話し、代表が立ち上がってからの1年間、数少ない機会にかけてきた。紅白戦でも後半の残りわずかな時間からの登場が多かったが、決して腐らずに出番を待ち続けた。


  高知国体で活躍 スカウトをうならせる 

ヘッドをする矢野貴章  
 静岡県選抜対U−19ポルトガル代表 海外の強豪相手でも高さを見せつける矢野(右)=02年8月11日 静岡・県営浜松球技場
 
 5月のU−20アジア選手権1次予選前の合宿でも、意識するあまりに堅くなり自分のプレーを見失っていった。1次予選に入ってからも、チャンスは訪れなかった。2連勝しアジア選手権行きを決めた代表の中で、FWでただ1人出場機会が与えられなかった。最終のラオス戦では、普段は決して自分の我を出そうとしない静かな男が自らベンチを飛び出し、ピッチ脇をひたすらランニングし、スタッフへ強烈にアピールした。

 8月のSBS杯前に、衝撃の代表落ちが矢野を待っていた。代表の青いユニホームを着られないという現実に「自分の力が足りなかったから…。悔しい」と唇をかんだ。SBS杯では静岡県選抜として代表と戦ったが「ボールに少しでも多く触れて、チャンスを増やしたい」と動き過ぎ、最大の利点であるポストプレーすらできなくなっていた。「トリニダードから成長していないと困る。でもこういう大きな舞台で、思い切りできない…」。迷いが、さらなる迷いを呼んでいた。

 その危機を救ったのは、恩師・池谷監督だった。「貴章、お前の仕事は点を取ることだ。ボールを受けるんじゃなく、前にいてゴールを決めればいいんだ」。この一言で、矢野は自分を取り戻した。高知国体では、青森戦で2ゴール、準々決勝の群馬戦でも決勝ゴールを決め活躍。特に青森戦の後半23分、右からのFKを右足でダイレクトに流し込んだゴールは、観戦していたJリーグスカウト、サッカー関係者をうならせた。前U−19日本代表監督の田島幸三日本協会技術委員長(44)は「貴章と言えばヘッドと言う人が多いですが、頭だけじゃない。足元にも、いいものを持っている。将来は(元オランダ代表の)ファンバステン、(ドイツ代表の)ビアホフのような、スケールの大きな万能型のFWになってくれることを期待しています」と評価した。

 U−20アジア選手権では準優勝に終わったが、来年3月のワールドユース出場権を獲得した。「雰囲気も、つぶしにくるハードなテクニックもありプレーの質も違ったけれど、あそこで勝てないと世界では勝てませんからね」。目標だった全国高校選手権への夢は、9日の県大会準々決勝で散ったが、その悔しさをバネに矢野は世界サッカーの大海原に旅立つ。



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