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高木和正(たかぎ・かずまさ)
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1984年(昭和59年)12月17日、高松市生まれ。香川県志度町の志度小3年からサッカーを始め、6年で県選抜入り。志度中時代には四国選抜にも選ばれた。香川西では入学後すぐMFの定位置を獲得。このほどJ1広島入りが内定。168センチ、60キロ。
讃岐の雑草男が、さっそうと世界へ乗り込む。香川西のMF高木和正(3年)は、左利きとしての特性と高いドリブル能力を生かし、攻撃型のMFとして、ユース世代の中心選手の座をうかがう。このほど、J1広島(来季からJ2降格)入りも決定。Jリーグでの開幕スタメン、さらには世界ユース出場のU−20(20歳以下)日本代表レギュラー獲得を目指してまい進する。
U−19日本代表で先発出場
山椒は小粒でピリリと辛い。身長168センチの高木だが、いったんボールを持つと豹変する。左サイドからのドリブルでの突破力を認められU−19(19歳以下)日本代表入り。10月にカタールで行われたU−20アジア選手権では、1次リーグのバングラデシュ戦に先発出場を果たした。試合では左サイドから積極的に攻め上がり、相手DF陣を振り回して勝利に貢献。その存在を強くアピールした。「やれるだけのことはやりました」。昼は40度以上にも達する暑さの中でコンディションを保ちながら、自らのパフォーマンスを披露できたことは、高木に満足感とともに自信を与えた。
香川県志度町(現さぬき市)で生まれ育った。小学生のころ、実は野球を始めようとグラブまで買ってもらっていた。ところが、当時からの友人で、香川西のチームメートでもある青田快雄(3年)に誘われサッカーを始めた。「だから、そんなに真剣にやっていなかったんですよ」と笑うが、気がつけば世界を相手にするまでに成長した。県東部の志度町(現在のさぬき市)から西部の高瀬町にある香川西に進んだのは、中学時代の恩師からの「1年生からレギュラーで出るのは難しいぞ」というひと言が決め手だった。困難と言われれば言われるほど燃える性格の高木は発奮し、入学後すぐMFの定位置を確保した。
四国初のJ強化指定選手に選ばれる
天皇杯 国士舘大対香川西高 大学生を相手にボールをキープする高木(左)=02年12月1日、香川県営サッカー・ラグビー場
香川県といえば、JリーグはおろかJFLのチームすらない。一流のサッカーを間近に体験する機会に、恵まれているとは言いがたい。「学校の寮のテレビは衛星放送も映らないので、サッカーはあまり見られません」と苦笑する。そんな男が、努力で駆け上がり昨年12月には、四国からは初めて日本サッカー協会の強化指定選手に選ばれ、J1広島に派遣された。その広島に入団も決定。「自分の力がどこまで通じるか、試してみたい。チームの雰囲気は分かっていますから、優勝に貢献したい」とあどけなさの残る顔をほころばせる。「毎日きちんと練習さえやればハンディは絶対にありませんよ」と後輩たちにエールを送ることも忘れない。
昨年8月は、トリニダードトバゴでのU−17世界選手権を控えた代表合宿中に、左足首じん帯を損傷。代表を辞退した苦い思い出もある。その悔しさを胸に練習を重ね、18、19歳と各世代で代表入りを続けてきた。Jチームのユース選手がひしめく代表にあって、地方の高校生でも地道な努力さえ積めば、代表として世界に羽ばたけることを示した功績は計り知れない。
広島に入団内定 J1再昇格を目指す
ドリブル突破が高木の武器だ
あこがれの国立競技場を目指した高校選手権は県予選準決勝で尽誠学園と対戦、PK戦の末に敗れた。高校最後の公式戦となった天皇杯では、1回戦で全国大学選手権準優勝の国士舘大に挑戦。0−1で敗れたが、ワンランク上のサッカーに触れ「ドリブルは通用することがわかった」と収穫を得た。次の勝負の舞台はJリーグだ。入団が決まっている広島はJ2降格が決まったが、高木には再昇格を目ざす広島の戦力として期待がかかる。
さらに来年3月にUAEで開かれる世界ユース代表入りが高木の目標だ。貴重な経験をしたとはいえ、アジア選手権では1試合のみの出場。レギュラーの座を確保するまで、讃岐の快男児はその足を止めはしない。
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