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全国高校総体サッカー競技
◇8日・決勝◇カシマサッカースタジアム◇35分ハーフ◇観衆7500人
帝京が20年ぶりの「夏の高校サッカー日本一」に輝いた。5年ぶりに決勝に進出した帝京(東京)が今年1月の選手権覇者・国見(長崎)を2−1で下した。前半30分、オウンゴールで国見に先制点を与えたが、34分に樺山市基(2年)のゴールで同点に追いつき、折り返した。後半4分、MF関口訓充(2年)の右からのクロスをFW大沢朋也(3年)が左足で決勝ゴール。その後は身体能力の高さを生かした国見の猛攻をしのぎきり、20年ぶり3度目の優勝を果たした。
20年ぶりの総体V!強い帝京復活
優勝を喜び合う帝京イレブンと古沼監督(中央)
高校総体では20年ぶりの優勝。強い帝京復活に古沼貞雄監督(62)も感慨深げだった。「ここ数年のチームは夏の大会(総体)でで準々決勝ぐらいまでくると“暑いからもういいや”という妥協があった。今年のチームはそれに比べると勝ちたいという意欲が強かった。最後に勝負を決めるのはハートですよ」と優勝旗を手にした選手たちを頼もしげに見つめた。加えて「夜のゲームだったのも大きい」と従来は昼間に行われていた決勝が、今大会はカシマスタジアムを使用することもあって午後7時キックオフと涼しい中での試合だったことを勝因にあげた。
優勝の瞬間、喜び合う帝京イレブンとがっくりうずくまる国見イレブン
妥協せずひたむきにボールを追いつづけたことが決勝点につながった。後半4分、関口の右からのクロス。ゴール前では樺山市基(2年)が待ち構えていたがその樺山がスルー。ファーサイドにいたU−18日本代表の大沢があわせた。「センタリングしたボールの回転を見て、(相手DFが)クリアミスしそうだとわかったのでゴール前に詰めました。先の先のプレーを読むよう心がけました」。練習時には常に古沼監督から「お前たちは下手くそだ」と言われつづけた。その言葉を素直に受け止め、とにかくひたむきにボールを追い、ゴール前にしっかりつめるという基本を実行したことが優勝につながった。
後半25分、帝京FW大沢朋也(左)は、国見DFを振り切り鋭いセンタリングを挙げる
92年(平成4年)の選手権で四日市中央工(三重)と両校優勝した。それ以降、選手権では95年、98年、99年の3回、総体でも94年、96年、97年の3回決勝に進出したがいずれも準優勝に終わっていた。これは93年に誕生したJリーグの影響とは無縁ではない。古沼監督は「国見のような地方の学校はいい選手が集まるが、首都圏の学校の場合、いい選手はJリーグの下部組織に行ってしまう。黄金時代に比べると、今の選手じゃ半分以上がレギュラーになれないかもしれない」と話した。今回の優勝はかつての個人技による帝京から脱皮し、チームワークを重視したことによるものだったともいえる。試合を観戦した帝京OBでW杯に出場した中田浩二(鹿島)も「この試合しか見てないけど、チームが1つになっていたように感じました」と分析した。
久々の王座奪回にも選手におごりはない。関口は全国制覇をすると増えるユニホームの胸の星を指差し「星の数を増やすために頑張りました。冬の選手権でもう1つ増やしたい」と口元をひきしめた。大沢も強い帝京復活のために「自分たちで盛り返そうという気持ちが強かった。冬の選手権も優勝したい」と2冠獲得を口にした。王者としてライバルたちを迎え撃つ帝京の選手権への道が始まった。
もう一度一からチームを作り直す
2年ぶり4回目の優勝を狙った国見だっだが、試合巧者帝京の前に力尽きた。シュート数は帝京の16を上回る19。持ち前の早いプレスからボールを奪い、攻めつづけたが、あと一歩のところでゴールを奪えなかった。
小嶺忠敏総監督(57)は「FWはよく頑張った。ゴールにつながらなかったのは運もある。問題はディフェンス」。失点は、いずれもカウンターからのものだった。これまでスタメンで出場していたDF巻佑樹(3年)が準決勝の清水商(静岡)戦で足を痛め、この日の先発メンバーから外れた。このためDFラインのバランスが微妙に崩れた。「DFの選手層が非常に薄い。主力が抜けてもその穴を確実にフォローできる選手を育てていかないと」。9日からの遠征で、もう一度一からチームを作り直す。「今日のスタメンが冬の選手権でもスタメンとは限らない」。昨年度の選手権覇者というおごりは微塵もない。あくまでも挑戦者として選手権制覇を狙う。
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