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柳沢敦インタビュー

柳沢敦
 ニッカンスポーツ・コムでは市川大祐(22=清水)に続く、高校サッカー推進委員インタビュー第2弾として柳沢敦(25=鹿島)に話を聞いた。柳沢は富山一高時代から屈指のストライカーとして注目され、93年度と95年度の全国選手権に出場した。Jリーグ入りの際は13チームから勧誘を受けた結果、鹿島入りを決断。その後20歳の若さでフル代表入りを果たし、日韓W杯では1次リーグ3試合に先発出場した。

 このほど発表されたジーコ・ジャパン代表にも選ばれ、06年ドイツW杯に向けてますます期待が高まっている。その柳沢がサッカーを始めたきっかけや高校時代のことを振り返って、高校生プレーヤーに「自分を信じてサッカーをしてほしい。そうすれば素晴らしい未来が待っている」とメッセージを送った。日本のエースストライカーが考えるサッカーの土台は、高校時代にあった。

(写真=鹿島対清水 得意のドリブルでゴール前に突進するFW柳沢敦=02年3月9日、カシマサッカースタジアム)

 初は野球がやりたかった 

−−サッカーを始めたのはいつ頃ですか

 柳沢 小学校1年の時(84年)ですね。最初は野球がやりたくて、野球部を希望していたんですけど入団資格が4年からだということであきらめました。次に水泳をやろうと思ったんですが、月謝が5千円もかかるのでダメになった。その時、友人がサッカーを始めていて、月謝が千円だと聞いて。親にも「(月謝の)安い方にしなさい」と言われ、サッカーをやることになりました。

−−その当時は何時間ぐらいの練習をしていましたか

 柳沢 小学校の時は朝6時から1時間だけです。しかも月曜日は休み。ほかのところでは2〜3時間も練習をやっているところもありましたけど、自分のところ(小杉南FC)は学校に行く前でサッカーの練習は終わっていました。なので学校から帰ってきたら、みんなで野球をやっていましたね(笑い)。特にその1時間でリフティングとか単純なパスとか基本練習をしました。自分は練習というのは練習する時間がすべてではないと思っています。『いかにサッカーが好き』という気持ちを大切に練習ができるかなのです。


 ィジカルの強化に励んだ高校時代 

−−超高校級ストライカーとして注目された高校(富山一)時代の思い出は

 柳沢 今考えても楽しかったことばかりです。もちろん練習自体は厳しかったですが、その中でも自分のすべてをぶつけた自負もあるし、ハードではあったんですが本当に楽しかった。例えば授業をさぼって試合に出ることができるだけでもうれしかったですしね(笑い)。

−−富山一に進学した理由は

 柳沢 県外の高校に行く可能性もありましたが、一番大きな理由はやはり長峰(俊之)監督、ロドリゲス・コーチという良い指導者がいたということです。サッカーができる環境も整っていたし、自分自身、外国人指導者に教えてもらうのも初めてのことでした。ロドリゲスさんは経験のあるコーチ(91年ウルグアイジュニアユース代表監督など歴任)で各年代でやるべき練習メニューも熟知していた人なので信頼していましたし、この人についていけば間違いはないと全力でサッカーに打ち込みました。

−−高校時代に意識していた練習は何ですか

 柳沢 フィジカル面の強化、あとはFWとしてダイレクトプレーはかなり意識してやっていました。特にフィジカルは体力的な強化もありますが、苦しい時にどれだけ頑張ることができるかという精神的な意味でも厳しい練習に耐えてやっていました。自分自身が望んでサッカーをしていたので、厳しさよりも充実感がありました。試合に勝てば達成感もありますしね。


 張れば頑張るだけ良いことが待っている 

−−高校卒業時にはJリーグ13チームから誘いを受けました

 柳沢 実際、プロを意識したのは、具体的には3年になってJリーグのスカウトの方が自分を見に来てくれてからです。もともと自分自身もサッカーを真剣にやっていて高校を卒業してもサッカーは続けたい方向で考えていましたし。ロドリゲスさんのルートで彼の母国のウルグアイなど海外へ行くというプランもありましたし。ロドリゲスさんにもプロとしてサッカーをしていった方がいいとアドバイスされたことも大きかったですね。

−−プロサッカー選手を目指す人たちにメッセージをお願いします

 柳沢 自分は、いつも頑張れば頑張っただけ素晴らしいことが待っていると思ってサッカーをしています。これからプロを目指す人もまず自分を信じてサッカーをやってください。そうすれば素晴らしい未来が待っていると思います。


柳沢 敦  (やなぎさわ ・ あつし)
柳沢敦
1977年(昭和52年)5月27日、富山県小杉町生まれ。小1からサッカーを始める。同4年からストライカー。富山一高では93、95年度の全国選手権出場。96年に鹿島入り。代表Aマッチは98年2月のオーストラリア戦でデビュー。02年W杯では予選リーグ3試合に先発で出場。そのうち2試合でフル出場し、ロシア戦ではアシストを記録した。家族は父昭行さん(54)姉実希さん(25)。177センチ、75キロ。

(写真=鹿島対市原 前半11分、市原ミリノビッチ(右)をかわし突破する柳沢敦=02年9月28日、カシマサッカースタジアム)
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